映画『オッペンハイマー』とナショナリズムのマグマ 山田風太郎著『同日同刻』を読む【緒形圭子】
「視点が変わる読書」第12回 ナショナリズムのマグマ 『同日同刻』山田風太郎
何が起きるか予測がつかない。これまでのやり方が通用しない。そんな時代だからこそ、硬直してしまいがちなアタマを柔らかくしてみましょう。あなたの人生が変わるきっかけになる「視点が変わる読書」。連載第12回は、山田風太郎著『同日同刻』を紹介します。
「視点が変わる読書」第12回 ナショナリズムのマグマ
◾️映画『オッペンハイマー』と山田風太郎の『同日同刻』
2024年度のアカデミー賞7部門を受賞した話題作『オッペンハイマー』を見た。
封切直後は連日満席と聞いていたが、2週間ほど経ったTOHOシネマズ日比谷の16時20分からの回は6、7割の入りだった。IMAXⓇデジタルシアターで通常料金より700円高いことも観客が少ない理由だったのかもしれない。IMAXⓇにこだわったわけではなく、都合のいい場所と時間帯だったからなのだが、結果的にこの特別なシアターで見てよかったと思った。
『オッペンハイマー』には三つの時間軸がある。一つはオッペンハイマーがイギリス、ドイツに留学中から才能を発揮し、カリフォルニア大学、カリフォルニア工科大学の教授となり、科学者としてキャリアを積んでいく1926~29年、一つは研究成果が注目されマンハッタン計画のリーダーに抜擢されて原子爆弾の開発に成功する1936~45年、一つは「原爆の父」として栄光を手にするも、水爆の開発に反対したことにより公職追放され、失意の日々を送る戦後の1946~67年。
この三つが交錯している上に、戦後の原子力委員会のルイス・ストローズとの対決場面は、オッペンハイマーの視点はカラー映像、ストローズの視点はモノクロ映像で進行するという複雑さで、最初のうちは何がどうなっているのか、よく分からなかった。ところが時間が経つにつれ、作品の中へ引き込まれていくように、展開が見えてきた。
見どころの一つは、1945年7月16日にニューメキシコで行われた人類初の核実験「トリニティ実験」だろう。現地時間5時29分45秒に爆弾は爆発した。衝撃波による大音響と爆発の光の色は、IMAXⓇシアターではまるで目の前で実験が行われているかのような臨場感だった。
この実験には「大気が発火して地球全体が焼き尽くされる」可能性がゼロではなかった。にもかかわらず、ボタンは押された。人間は自らの手で滅亡への扉を開いたということだ。
実験成功後、集会所に集まった研究所の職員たちが、興奮して足を踏み鳴らし、大歓声でオッペンハイマーを英雄として迎える場面を見た時は脅威を感じた。原子爆弾の開発はナチスドイツに対抗するためのものだった。しかし、この時すでにドイツは降伏していた。にもかかわらず原子爆弾の開発は進み、実験は成功した。アメリカはその爆弾を日本に使おうとしていた。
しかし、ここで私たち日本人は思い出さなければならないことがある。
太平洋戦争を始めたのは日本なのだ。
『同日同刻』は、太平洋戦争開戦の日、1941年12月8日と終戦にいたる1945年8月1日から15日までの、同日同刻の記録である。敵味方の指導者、将軍、兵、民衆の姿を、著者の山田風太郎は自ら蒐集した膨大な資料を元に再現している。
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